若い頃に観たとき、
この映画は間違いなく「痛快な刑事アクション」だった。
巨大な拳銃を構え、
悪を容赦なく叩きのめす孤高の刑事。
正義はシンプルで、迷いはなかった。
だが50代になって、あらためて観返すと——
この映画は、まったく違う顔を見せてくる。
若い頃は「強くて怖い刑事」だった
当時の印象は明快だ。
- ルールを無視してでも悪を倒す
- 口が悪く、態度も荒い
- それでも結果を出すから許される
主人公は、
「理屈よりも力」で突き進む存在だった。
若い頃の自分には、
その強引さがむしろ心地よく映った。
正義とは、
迷わずに振り下ろすものだと思っていたからだ。
50代になると見えてくる「疲れた男の顔」
ところが今、同じシーンを観ると、
まったく違う感情が湧いてくる。
乱暴な言動。
周囲と衝突を繰り返す態度。
そして、どこにも居場所がない孤独。
それらは「カッコよさ」よりも先に、
疲労感として胸に残る。
彼は本当に強いのか。
それとも、
強くあろうとして無理を重ねているだけなのか。
50代になると、
この問いが自然に浮かんでしまう。
正義を貫くことの「しんどさ」
この映画の主人公は、
決してスマートなヒーローではない。
正義を貫くたびに、
- 上司から疎まれ
- 組織から浮き
- 誰にも理解されない
それでも彼は立ち止まらない。
若い頃は、
「ブレない男」に見えた。
今は違う。
**「引き返せなくなった男」**に見える。
50代になると分かる。
一度選んだ生き方を、
途中で変えることがどれほど難しいかを。
乱暴さの裏にある、不器用な孤独
主人公は、決して饒舌ではない。
人に頼ることも、弱音を吐くこともない。
だがそれは、
本当は「できない」のだ。
誰かと分かり合う方法を、
彼は知らない。
だから銃を持ち、
力で世界を切り分ける。
この不器用さは、
50代の目で見ると、
痛いほどリアルだ。
若さは「爽快感」をくれた
今は「余韻」を残す
若い頃に感じた爽快感は、
今ではほとんど残らない。
代わりに残るのは、
- 割り切れなさ
- 後味の悪さ
- 静かな虚しさ
それでも、
この映画がつまらなくなったわけではない。
むしろ逆だ。
単純な快楽を超えた重さが、
今の自分にはしっくりくる。
50代だから分かる、この映画の価値
この作品は、
「正義が勝つ物語」ではない。
正義を選び続けた人間が、
何を失ってきたのかを描いた物語だ。
若い頃は見えなかったものが、
50代になると、
はっきりと輪郭を持って立ち上がってくる。
- 強さの代償
- 孤独の重さ
- 引き返せない人生
それらを引き受けた男の姿が、
今の自分には、
やけに静かに、重く響く。
こんな人におすすめしたい
- 若い頃にこの映画を観たことがある人
- 正義や仕事に疲れを感じ始めた人
- 「昔ほど映画が刺さらない」と感じている人
もしそうなら、
もう一度観てみてほしい。
この映画は変わっていない。
変わったのは、
観る側である自分自身だ。
孤独を抱え込んだ刑事の姿を描いた『ダーティハリー』の先には、
同じ刑事映画でも、友情によってわずかな救いが差し込む作品がある。
50代の今だからこそ胸に残る、リーサルウェポンについても書いてみた。
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